ウォーゲーム、シミュレーションゲームのあれこれ


by たかさわ

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これは2011年にTumblrに引用した発言をまとめたもので、「2011年、引用した発言集(前編)」の続きです。

前編と同じく、ウォーゲームに直接関係ない事柄が多いですが、僕としては読んでいてウォーゲームを連想したものばかりです。また、本来ならば元発言へのリンクを書くべきなのですが、作業量の多さに挫折してTumblrへのリンクだけを書いています。

元発言へのリンク先のTumblrに書かれています。元発言の主さんや、それを紹介してくださった方たちには大きな感謝の気持ちを送ります。

引用ここから

大人数のサークルを必ずしも目指すわけではありませんが、「やりたいゲームについてほぼ対戦相手確保に困らない」サークルにしていきたいと思います。
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ここまで書いてふと思ったのだが、同じシミュレーションゲーマーでも「歴史のifに挑戦」という言葉に惹かれるのは非リア充で、「現実のままならなさを追体験」という言葉に惹かれるのはリア充で、プレイヤーに課せられる制限の多さ少なさで、それを好んでプレイするゲーマーのリア充度が測れるのではないだろうか。現実の日常生活に追われまくっている人が1945年のドイツ軍や日本軍を好んでプレイしている姿は想像し難い。
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日本のゲーム会と異なり、予定していた対戦を終えたメンバーは順次帰宅してゆき、例会後の夕食会というのは行われない。
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 ボドゲ界はもともと狭い世界というか、なかなか新参が増えない傾向が強かったのですが、この変化はやっぱり「ドミニオン」の影響が大きそうです。
もともと日本ではTGCがある程度受け入れられていたわけで、そことボードゲームをつなぐ「ドミニオン」の存在はボードゲームに良い影響を与えてくれたと思います。もちろん、それ以外にも出版元やゲームマーケットの拡大、地道な布教活動を続けてきたボドゲ者たちの努力も大きいのですが。
あとはニコニコ動画の「卓M@s」*1あたりの影響も大きいのかも。私自身「ラストナイトオンアース」なんかはこれで知ったし。
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構造重量を軽くしながら強度を保持するのが今後のゲームデザインのトレンドになると思いますが、そのあたりの新技術が東国争乱でも使われ始めているわけですね。
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昼食もコンビニで携行食を買い込んで、ゲームのための時間を1分足りとも無駄にしないぞというこの意気込みは半端ではありません。
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古賀氏の言う「インセンティブ」とは、ゲーム的に言えば「勝利条件」または「勝利得点の獲得規定」のこと。プレイヤーの「問題行動」を是正するには、プレイヤー個人の倫理観に訴えるのではなく、ルールそのものを書き変える必要がある。問題は、デザイナーよりプレイヤーの方が発言力が強いこと…。
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ゲームのシステムが面白いですぞって言う部分って、非常にしばしば、ゲームを実際に遊ばなくなった人たちが中心となって議論するキリング・フィールドなので、あんまり積極的に近寄りたくないというのも、わりと本音。
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ルールズ・オブ・プレイ、179, 180ページに引用されているダニガンの「ボードウォーゲームはブラックボックスでないトコがイイよね」論に完全同意。
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「いまソーシャルと呼ばれる現象を理解する原点がD&Dでした。原作をプラットフォームにしてコミュニケーションが生まれ、さまざまな人が多彩な二次創作を紡ぐ。人々に広く開かれていることで生まれる豊かさがあるのです。だから、原作者の権利を厳格に守る著作権法のあり方には疑問がわく」
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(参加費が)高いと「ゲームをやりたいだけの人」が来なくなって楽しい会になるとか。
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かと言って、ターン毎に記事を挙げて行くにしても、「ヘクス〇〇をドイツ軍が占領したが、フランス軍が取り返した」や「ヘクス〇〇を攻撃したが失敗した」などとなり、これでは対戦時の熱気は伝わりません。
そこで1年を半年に分けてとか、季節に分けたらとか、考えまして。ガンズは季節の変わり目に、戦略的な動向が変わるから。
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ボードゲームサークルの参加要項には「きちんとした服装」とか「朝、シャワーを浴びてくること」というのもある。ゲーム中のマナー以前の、なんていうか社会人としてのマナー。もっともだけどもさ
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「インド人料理長のアドバイスを無視したら日本人好みの美味しいカレーができた」という広告から、「ベテランのアドバイスを無視したら初心者好みの楽しいゲームプレイになった」を連想する。
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「お前のレビューのせいで売り上げが落ちた!」と言われるようなレビュワーになりたいものですな……w
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「電源不要系」って、今までは無粋な呼称だと思ってたけど、これがライフスタイルなんですということにして、自分を律する意味で意識的に使ってもいいかも、という気がしてきた。シックス・アングルズは、基本的に電源不要系。でも制作と販売を電源消費系のPC/ネットに依存しているのが今後の課題。
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 復刻版ゲームっていう「売り方」を考えたとき、主に以下の3パターンがあると思います。
1:ルールをリファインしたり明確化して、いわゆる第2版として出す。
(例)GJ/SS 決戦!ガダルカナル
2:許される限り全く昔の形で出す。
(例)HJ戦車戦
3:基本的には昔のまま、グラフィックやユーティリティ部分を今風に改める。
(例)CMJ 日本機動部隊・日露戦争 
 復刻版と聞いたとき、実は微妙にスタイルの点でゲーマー各位が期待するものが違う気がします。
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やはり時代背景に興味がないと面白くないでしょうねえ。
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二ヶ月の間に5回プレイしてもらえるゲーム
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ゲームを楽しむんじゃなくてゲームを題材にして馴れ合ったりあざけりあったりするのが目的なのをわかってほしいところですね
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そのため、好きな人が同じメンツでたくさん遊ぶと言うゲームになりやすいように思う。
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PCのストラテジーゲームがこの先で細密化を求めるなら、The Gamersのtactical combat seriesみたいなものを、適切なUIで実装するって方向じゃないかしら。AIの進化とうまく歩調を合わせていく感じで。
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店とは完全にフロアが離れているので奇声をあげても大丈夫です
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ユニットを切り離す感動から味わってください
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いや、TRPGじゃなくてもいいけど、ゲームを通した産学連携を目指すのならゲームしようよ、なぜ評論からはじめるんだろう?
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そもそもそういう遊びって、勝つことが目的なんだけど勝つことに意義は無くて、相手の人を考えることに意義があるんだろうな。
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当日インストはしません。
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遊び相手が居ない?遊ぶ場所が無い?遊ぶ時間がない?
そりゃ、そうだろう。30年も経って当時と同じレベルで遊ぶのは難しいのだから。
でも、我々は30年を経てネットやSNSというコミュニケーションツールを手に入れたじゃないか。
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ライト層はヘビー層に手伝ってもらうことで達成感を味わい,ヘビー層はライト層を助けることにモチベーションを感じるように設計されているという。これを岸田氏は「収益性と集客性のスパイラル」と表現し,プレイヤーが増えることでより収益力が上がる仕組みになっていると解説した。
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これから芸を身につけようとする人が、「下手くそなうちは、人に見られたら恥だ。人知れず猛特訓して上達してから芸を披露するのが格好いい」などと、よく勘違いしている。こんな事を言う人が芸を身につけた例しは何一つとしてない。
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会戦級のゲームではフリーセットアップでもない限り作戦の幅なぞイラン!
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「ゲームはどんどん革命的に改善されている。古いゲームには価値がない。新しいゲームを買え」っていう論法を一定数に普及させることに成功した業界って本当に凄いと思う。
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古典を読む場合は、
たとえどんな大家でであろうと、
「迎合しない」
ことはとても大事だと思っています。
孫子であろうが、誰であろうが、おかしいな、と思う心を常に持ちながら読み進めて行きたい所です。
そうしないと、
「孫子のいっていることは、えらいんだから全部正しい」
となると、それは、理論ではなく、宗教、になりますので。
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ゲーマーにとって必要な能力は、遊ぶ環境を自分で作る力だ
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何かをほめるとき何かをけなさないと気が済まない人間はゴミだよね
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 コマンドマガジンやゲームジャーナルなどのウォーゲーム雑誌のWebでの告知を見ていていつも思うのですが、どうして付録ゲームの紹介時に「デザイナーが誰なのか」「リメイクなのかそうでないのか。リメイクだったらオリジナルデザインはいつ/どこ/誰の物なのか」「プレイ時間はどれくらいなのか」などの情報を明示しないのでしょうか。  土屋はそれらの情報は購入判断材料としてとても大きいのですが、多くのウォーゲーマーにとっては必要としない情報なのでしょうか? それとも、どれも常識的な事なので必要なかったりするのでしょうか? とても不思議です。
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作戦研究とやらもまた凄いな
本誌の戦史記事に漏れている、史実のオストログ・ロッソシャン攻勢と
ゲーム展開の比較をするとか
数学的にチットの偏りの計算して連続して行動する場合や
最後に一方の軍のチットだけがいくつか残ってしまう場合の確率でも
出すかと思えば
そんな現実世界との客観的な対応は一切なく
「こんな作戦?(ただの手順だろ)をやってみた、上手くいった、失敗した。
楽しかった。」小学生の読書感想文か遠足の日記だな
ゲーム世界と観念世界の行き来のみ、そりゃ楽ちんな研究だ
だって、実際に感じた感想は誰も否定できないからね
ハードルを下げれば新しい人、世代が入って来る、それは本当か?
意味のある何かがあるから興味を引くんじゃないの
日暮しの営利目的の連中に流されて行って良いのか、知らないぞ
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ルールというのは、それを「悪用」するやりかたを考えてみると、理解が深まる。
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こうしてゲームを楽しんでいる時間が続くということは、幸せなことです。
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予備役兵が復帰直後に経験する「物欲爆発」「対戦渇望」
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確率のどのあたりまでを常識的な範囲と考えるかの個人差
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ちいさなソーシャルゲームを遊んでは投げ捨てることに達成感はあるのか!とか言いたい気分になったが、まさにソーシャルゲームは連続する達成感の提供によってユーザーの支持を得ているという事実。
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ジャンルが大きくなれば利益を求めてそこに寄生する批評家(打算に基づいて駄作を褒める批評家)や特殊な読みをするマニア達は必ず現れるし、ジャンルに対
する影響力に大きい彼らをどうこうすることは誰にもできないので、ジャンルがマニア化して閉鎖的になっていく傾向については、何もかも、諦めるしかないと
いうことなのですね…。
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まずはちょっとプロレス業界全体に謝ってほしい。
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対戦相手と時間が合わなくても遊べるというのはよいけれど、コンピュータ対戦とどう違うんだろう?
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特に音楽 CD を焼くのと違って自炊はカセットテープへのダビングレベルのものだ。
ちゃんと作られた電子書籍と違って文字もすべて画像として取り込んでるから、拡大して読みやすくとかしても限度があるし、縦書き横書きを切り替えたりとか好きなフォントにして読むこともできない。
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ゲームが嫌われてるんじゃなくて自分が嫌われてるんだと思えば楽になるな
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ソーシャルゲームに限らず,オンラインゲームはリリースした後が勝負なのですが,リリースするまでに完成したゲームとして提供しようという意識が強すぎて,いつまで経ってもモノが完成しません。
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凡人でも消費時間と投資によって、才能をカバーでき、頂点に立つことを可能としているシステム。
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それにしてもアナログゲームとか非電源ゲームとかいう言葉は無くなるべきだと思わずにはいられない…
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オンラインで知らない人と試合をしても,あまりCPU戦と変わらないと思うんです。
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本心から応援したいなら、例年の定価で買え
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例えばFacebook上に自分の「リアル」な友人が100人いても、ゲーム好きは友人は数人しかいないかもしれない。その数人でソーシャルゲームをしてもそれほど、盛り上がらない。一方でどこのだれだか分からなくてもゲーム好きの100人が集まったコミュニティでは、当然ながらゲームで盛り上がる。趣味趣向が似通った人たちのコミュニティなので、1つのゲームに飽きても、次々と新しいゲームに友人を連れて移行できるという利点もある。
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なぜ、ガラケーソーシャルが、ゲーマー層から目の敵にされるか。
 その答えがここにある。  ゲーマーは友達が居ないんだよ。(恣意的表現&誇張)
 友達が居ないと面白くないんだよ!
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よくプラットフォーマーと制作側で揉めるのが,「ガチャ」など定番の回収モデルに対する拒否感が先にたって,理性的な判断ができなくなっているというケースです。無料でまず遊んでもらって,そこから6%なり9%なり課金してくれるユーザーに払ってもらうための仕組みがおざなりだと,絶対にそのプロジェクトは失敗に終わるわけですから,やっぱりそこは考えてもらわないと。
 こんな課金の仕方が許されるのか? と躊躇する人,でもあなた,前職でオタク相手の商売で限定版一万円とかそういう商売してたじゃないですか。お客様が欲しいと思うものを考え,しっかりと有償で提供していきましょう。それがコンテンツを長生きさせ,活気あるコミュニティを維持する源泉になるのです。
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現状のウォーゲームで一番の問題はプレイヤーの不足。で、ゲームを作る上で最も大切なのが、テストプレイ。そのテストをする人間がいないのに、いいゲームができる訳ない。

引用ここまで

以上で終わりです。2012年も面白い発言にたくさん出会えますように。
ハッピー・ウォーゲーミング!
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by gameape | 2011-12-31 15:24 | Comments(0)
これは2011年にTumblrに引用した発言をまとめてみました。ウォーゲームに直接関係ない事柄が多いですが、僕としては読んでいてウォーゲームを連想したものばかりです。

本来ならば元発言へのリンクを書くべきなのですが、非常に作業に時間がかかってしまい、Tumblrへのリンクだけを書くことにしました。元発言へのリンク先のTumblrに書かれています。元発言の主さんや、それを紹介してくださった方たちには大きな感謝の気持ちでいっぱいです。

以下、2011年の1月からだいたい日付順になっていますが、元々古い発言(古くは土佐日記とか。。。)が別のブログなどで引用され、それをさらに僕が拾っている場合も少なくないので、順番にそれほど大きな意味はありません。

量が非常に多いため、前編と後編に分けることになりました。まずは前編です。

引用ここから

コミュニティを支えるのは雑談なので、いかに雑談しやすいスペースを構築するかが一番重要、というかそれ以外はもうどうでもいいくらいだと思う
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ちょっと思ったのは、さり気に別にペラ紙1枚くらいに、モチーフとなった戦いや、カードに書かれている古代の兵科について、ちょっこら解説でもあると、これが琴線に触れて、ひょっとしていわゆる“軍事衝突をより詳細に扱った”ゲームにも興味持ってくれるノン・ウォーゲーマーな人がいるかも、ってなこと。
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ボードゲーマー的な視点では極普通のアプローチだと思うが、一般的には奇異に映るのかな はてなブックマーク - Togetter - 「勝間さんの桃鉄論」 - http://bit.ly/eVNWMB
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もちろんボ-ドゲ-ムの楽しみ方は千差万別で、なにも最近だけに限らずかなり昔から「ライトゲ-ム」も「ヘビ-ゲ-ム」もいずれも多くのファンに楽しまれてきた部分といえるのですが(それらの中間ゾーンもあいまいですしね^^;)、しかしながら、ここ最近このバランスが極端に「ライトゲ-ム」の方向にシフトしていることに、はたして皆さんお気づきでしたでしょうか?
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レースゲームでより速く走るためには、自分が操作する車の性能の把握と、自分が走るコースの把握が必須となる。このことをゲームにおける身体把握と空間把握の必要性と呼ぼう。
 ゲームは大きく分けて言えば身体把握型のゲームと空間把握型のゲームの二つに分けられると思う。レースゲームはその丁度中間に位置するジャンルだと言える。
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現実をちゃんとシミュレートすればするほど,そのゲームは往々にして面白くなくなってしまうのだ。ある一定以上の見識を持ったプレイヤーが,「それは普通はこうなるだろう」と予想した展開と結果が,その予想からさほど外れない形で展開されるなら,それはもはやゲームとは呼べない。検証作業とでもいったほうがいいだろう。
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ゲームそのものを楽しまず、
ゲームを語る事を楽しむ人には楽しいサイトです。
ゲームそのものを楽しむ人には何の意味もないどころか、
折角楽しめるものも充分に楽しめなくなるので
そういった人には不向きです。
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従って,シミュレーションゲームはどうしても,そこに開発者の解釈が入る。そして,その解釈が正しいか間違っているかよりも,解釈そのものを楽しむことに,シミュレーションゲームの面白さは潜んでいるような気がする。もちろん,その解釈が一定の説得力を持っていれば,それはなお素晴らしい。
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定義や区分軸の設け方は人それぞれだけど、今のウォーシムは記事の区分通りならライトゲーム側でしょ?「気のおけない仲間同士で、にぎやかにコミュニケ-ションを図る道具(ツール)としての側面」でしか成立してない.. http://togetter.com/li/87093
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ゲームを成立させるための嘘について、最近は寛大であれというのが、トレンドです。
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化学の話だが、特定の物質が水の中にこれ以上溶けられないくらい溶け切った、飽和状態の水溶液というのは、ちょっとした刺激で容易に結晶が発生する。インターネットと携帯情報端末が普及した現在の日本国内は、これに似ていると考えられる。ちょっとした刺激??「この指とまれ!」??さえあれば、全国どこででも、新しい結晶??サークル??は、誕生し得る。
ただ、その一歩を踏み出す際の心理的ハードルが結構高いことも否定できない。だからこそ、21世紀に入ってから発足した新興サークルの運営者が、先行者としてのノウハウをもっと公開してゆく必要があるだろう。
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ゲームは現実とは違うんだから、負けたって大したことはない” ゲームは現実と違うから、負けたらおおごとなんだってばさ。「お互いの利益になるように助けあう」なんてのは、現実社会だけで勘弁してほしい。 http://bit.ly/hnnkGV
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失敗する権利というか・・・。事例を見る分には、喧嘩売るような人相手なら落ち着くまで待つのが良いと思う。&アドバイスであれなんであれネガティブな言動を好む人はそんなにいないと思う。
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これはときどき話題に上りますが、実は地方が楽なのかもしれんですね、という結論になったりします。
楽な理由は「選ぶ余地がない」から。
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 遊びプレイとはこの場合何かと言うと、「今回は国士無双しか上がらない」とか、「役満しか上がらない」などといった縛りプレイを自分だけやる、というような事である(「えっ、ゲームって最初から「遊び」じゃないの?」という話はこの際、置いといて・・・)。さらにこの場合、別に負けても構わない(だって何も賭けないなら、何も失わないから)。自分のゲームは、狙った役を上がれるかどうか、というものに変わっているからだ。目的に向かって一直線。振り込んでもOK。むしろ、役満ができそうにない配牌だったら振り込んで次の局に行った方がいいぐらい、となる。
 このようなプレイヤーがいると、普通に勝利を目指そうとするプレイヤーとしては、いささか調子が狂うことになる。何せ、そのプレイヤーは何にも警戒せずに危険牌を切ってくれるのだ。ポンやチーもしまくり。下家は非常にラクな展開になる。
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傍からみてるとゲームで勝つことを目指してないように見えても、やってる当人はそうでもなかったりする
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 同じ「勝利を目指す」でもメンバーによって意味が違う。それは具体的には「お仕事」が求められるかどうかなどに顕れる。
 ……そんなの、何度もプレイしている相手でなきゃわかるわけないし。
 これは複数の人間が集まっている以上しかたのないこと。卓による意識の違いなんて、気にしていたらゲームなんてできない。それにたぶん、完全に順応してしまったら勝てないだろう。
 全部にあわせることは不可能だし、最終的には、明確な自分の基準を持っているしかないと思ってみたりもする。
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ウォーゲームにはプロレスが足りない。
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ちなみに私の好みはデザイナーの意図を理解を一番に。 ゲームの勝敗は其の次ぐらいかな。 デザイナーの思いをまず理解した上で、プレイに専念したいなぁ。
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個人的には、「ゲームで勝ちつつ周りを楽しませる」が真のゲーマーのあるべき姿かと思います。
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とにかく書きたいこと書きまくって、その内容とは関係あろうが無かろうが「ボドゲの面白さはプレイヤー次第」とかいう結論にしておいて、最後に「いつも遊んでくれる仲間に感謝」って言葉で締めておけば、何となくゲーム論っぽくなるよ! なるよ! ふしぎ!
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私の本音を言えば、「感想戦が楽しくできないような相手とTRPGを続けるなんて無理だろう」というところなのだが、コンベンションとか、ロール&ロールの主たる対象読者である高校生~大学生あたりだと学校のサークルとかが活動の中心だとすると、そうそうメンバーを選べないのも事実。
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>1)全部隊が自分の思い通りに動かせないとヤダ
チット引きゲーム全否定ですね
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頭を使うゲームは好きだけど、運で負けたりすると時間を無駄にした気がする。そもそもゲーム自体、時間の無駄なのに。。 > 戦場のヴァルキュリアをクリア http://u.nu/55sx7
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チットやダイスによって行動を許すことにより防御側の逆襲を演出しているのでしょう。
でもそれは原因と結果が逆なのでその不自然さがきになってしまうのです。
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現在では、ゲームシステムの斬新さに特化した作品や、カード・ドリブン・システムに見られるような、歴史的イベントを追認するに過ぎないゲームも増えて、プロ用のウォーゲームの目的である、教育目的や戦略立案・検証目的とは完全に乖離したホビー用のウォーゲームが増えているように思われます。
しかしながら、歴史的興味やミリタリー的な興味を満たす、娯楽目的としては、むしろ進化していると言えるのでしょう。
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例会にあたって行う事前のマッチングの大切さを、改めて自覚。特に、そのサークルにそれほど参加経験がない場合…
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 アナログゲームにおける「勝ち」の捉え方についての話題の最中に、そういえば土屋はウォーゲームをやっている時は、勝てないと分かると割と早々と投了するなあという事を思い出してtwitterで呟きました。ちなみに、早めに投了するのは基本的に相手がつまらないだろうと感じるからです(ウォーゲームは1対1なので)。
 すると、多くのウォーゲーマーさんに「それはもったいない。負け戦のシミュレーション(あるいはロールプレイ)として、最後まで負けっぷりを楽しむべきだ」という指摘をもらい、目から鱗が落ちました。ウォーゲームをそういう視点で遊んだ事がなかったからです。
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新しいウォーゲーマーの養成も結構だと思うけど、既存のウォーゲームやその愛好者の存在を否定する方法論は個人的には歓迎し難いな
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結論として自分は次のようなことを提案したい。ボードゲームをプレイしていると、時たま熟慮が必要なこともある。良いゲームでもそうだ。ただ、毎ターン自分のところで長考が始まりテンポが悪くなる、勝つために際限なく考えてしまっている場合は本当に他のプレイヤーへ迷惑を掛けてないか一度考えよう
そして、もし他のプレイヤーに迷惑をかけているようであれば、もうそこで一旦自分の勝利への欲求は放棄しよう。概ね自分が勝つことよりも、場の友人と楽しくゲームできることの方が大事だ。それに楽しくゲームが出来たようであればまた同じゲームをプレイして今度は勝つこともあるだろう。
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要するに、カードが嫌いという訳でなく「対戦型」が駄目なのだ。一人遊びなら問題ない。ちなみに、苦手な囲碁や将棋でも、コンピュータ相手に独りでやるなら何とか出来なくもない。下手だけど。
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ただ某中つ国方面の論客がむき身のポン刀持って切り込む昭和残侠伝レベルのおっかなさでヲレが当事者だったら失神&失禁&禁治産者コンボもやむなしと言うレベル。そこまで強烈な拒否反応示すトラウマってなんだろうって逆に興味が湧きます。怖くて聞けないけど。
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私は空戦や海戦を疑似体験したいんです。ボタンの早押しや器用なレバーさばきを体験したいわけではない。ビジュアルが本物っぽくっても、それだけでちゃんと疑似体験したことにはならないんです。
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入門用ウォーゲームというと、概ね簡易なWWII作戦級ゲームが出てくる。「初心者」の嗜好は置いておいて、中の人が相手を最終的に誘導したい「ウォーゲーム王道」は結局その辺なんだろうなぁと、つらつら思う。
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デザイナーが自作をプレイすると負ける(当社調べ)のは、台湾でも同じだなあと思ったり。
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最も楽しいウォーゲームのPlayは 
初Play と 忘れた頃にやるPlay である by 大吉川
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人は理解できないものに熱中している人に対して「よっぽど好きなんですね」って言う。これ、要注意。実はこの「好き」、「私はよく分かんないけど、好きならしょうがない」っていう「コミュニケーション終了のお知らせ」であることが多いのだ。
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 この後、ゲーム序盤をどうするか、という話題になると、堀井さんは真剣な顔になり、「いちばん怖いのは文句をいう人じゃない」という話を切り出した。
 「いちばん怖いのは、ゲームをプレイしたけど、わたしにゲームに向いてないんだ、と感じて、そのまま去っていく人。こういう人を増やしちゃいけない。わたしでも遊べるゲームがあったんだ! と思ってもらうことが大事」
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「xxはクソゲー」「根拠は?」「yyさんがクソゲーって言ってた」「ふ、ふーん」 「yyさん、xxってクソゲーなの?」「そうだよ」「根拠は?」「zzさんがクソゲーって言ってた」以下無限ループ
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「n移動力以内で道路ヘクスに達し、そのヘクスが補給源までパスしていればOK」な世界観にいまひとつ物足りなさを感じる私としては、移動や攻撃の度にマーカーを交換して補給状況を更新したり、後方の備蓄を前線に運んだり、補給線の確保を勘案して侵攻ルートを策定しなければならなかったりするOCSの流儀に一目惚れを禁じ得ませんでした。
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日本だけでなく、米国でもで叩かれるようなことやった関係で悪い意味で注目されているビジネスモデルですけど、「赤字覚悟の出血サービスで一見さんを引きつけ、その中から少しでもリピーターになってもらう」って手法自体は昔からあるし、使い方を間違えなければ有益でしょう。まあ、さじ加減を間違うと色々タイヘンなことになると思いますが。、
何かが「旧い市場」を捨ててまで、「新しい市場」に打って出ること自体は良くある話(特にH社は…)ですから、捨てられたことを嘆いても仕方ないのかなと。「旧い市場」が魅力的ならば、別の会社がそこにフォーカスしてくれるわけですし。
今回話題になっていませんけど、「常連を贔屓しすぎるため、新参者に不快感を与える店」だって問題なわけですから、要はバランスだと思います。これが一番難しいんですけれどね(苦笑)。
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ギークってなんですか?
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金貰って黙って推奨するクソブログやクソtwitterなんてのが花盛りで、これが新しい時代のメディアというにはお粗末に過ぎるというのが本来のところだろうと。
 友人関係や信頼を換金するのがアフィリエイトだという議論もありましたが、マルチと変わらん部分もまああるわけですね。
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すごく適当なイメージを話してしまうと、マリオをプレイすることによって、マリオの世界の社会的慣習や言語を身につけた存在に、我々はなることができるマリオ国の住人。ドラクエ国の住人、になることができる。それは、その世界に没入している、ということではなく、その世界の概念や思考の枠組みの中で会話が可能な人間になる、ということだ。
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たとえば真剣な議論をしていると「喧嘩をやめろ」と割りこむ人がいるように、真剣に勝ちにいくことが理解されないことが、あるんである。
 善意で場を和ませようとしてるんだろうけど。でも、真剣なゲームをこそ楽しんでる種類の人もいる。理解されないのでは残念だ。
 それはもしかしたら「コミュニケーションツール」だからかもしれない。コミュニケーションが目的だから、勝利を目指す必要がなくなってしまうんじゃないか。
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「一巡目に字牌を切ってはいけないというのは、ルールなんですか、マナーなんですか?」
 と質問してみた。それに対する雀鬼の答えは、
「限りなくルールと思って欲しい。」
 というものであった。それで私は「ははあ、ルールと断言しないがルールなのだな。」と理解した。
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孤独を好む人がいる一方で、実は何らかの理由で孤独になり、寂しいと感じている人もいる。そういう人たちに対して、ソーシャルな道を開くのは、ゲーム開発者にとってMMOゲームのデザイン上のチャレンジのひとつではないか」とした。また、積極的に1人を選ぶLonerは、理由があって1人を選んでいるのであり、決してLoser(敗者)ではない
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不思議と、マンガ本は大崩壊しましたが、ウォーゲームは健在でした。
あっ、AH『THE LONGEST DAY』はマンガ本に埋もれていましたっけ。早々に救出しましたが。
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私は老害ですし、同じメンツで同じゲームばかり
してたりしますが、それには理由があるのです。
嫌いな人と遊ばなくて済むからなんですよね。
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ボドゲプレイログって、自分が買う前提で読まないと面白くないよね。現状、買う買わないの差が、ほとんどそのまま情報格差になってる。
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酔った勢いでウォーゲーマー新人勧誘についてひとつ。必要なのはゲームの用意より、環境の整備であると僕は思う。
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移動・補給・戦闘というシステムの根幹部分がやたら面倒なため、ユニットより先にプレーヤー自身がアトリッションする惨状でした。
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ボードゲームって、よほどのことがないと2000個以上売れるということがほとんどないので。そうそう大胆な増産はしにくいんですよね。それでも2010年の夏ぐらいから生産体制が整ってきたので、基本セットは随時出荷できるようになりました。
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いつもながら、中黒さんのゲーム紹介は本当に面白そうに書いてあって感心します。
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ルールについて、ボードゲーム「従う」、TRPG「利用する」、ウォーゲーム「疑い」、ミニチュアゲーム「何それ?」
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「人は、直接レコメンドされるといやなんです。他人がレコメンドされているのを見るのが好きなんです」
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 買うだけ買おうおうと思う人、所謂コレクターさんも、人との関わりになんらかの郷愁がある人なのかもって思います。
 
 先ごろはやったボードゲーマーへ100の質問の「Q95:ボードゲームという趣味をやってきて嬉しかったことは何ですか? 」に、「知り合いが増えた」と答えた人が自分もふくめ、多かったような気がしますし。
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TCSは、好きな人同士が集まってプレイし、
異なる解釈を押しつけ合わず、その差異を楽しみつつ、
コンセンサスをすり合わせてプレイするのが良いんじゃないかと。
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何が楽しいのか自己分析をきっちりしておけば、時間を浪費しなくて済みます。

引用ここまで

以下、後編に続きます。
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by gameape | 2011-12-31 15:22 | Comments(0)

2011年を振り返る

プレイしたゲーム

・ASL Starter Kit
・Battle Above the Clouds
・Battle for Korsun
・Blue vs Gray
・ドイツ装甲軍団 - スモレンスク
・ハガキのミッドウェイ
・Lee vs Grant
・日露大戦
・Not War But Murder
・Popular Front
・Rebels in the White House
・Stonewall Jackson's Way II
・Western Front Tank Leader

今年は対面でのプレイが減りました。特別な理由はなくて、何となくそうなったというか、対面でのプレイを次々と実現させる熱意がわかなかったというか、そんな感じです。あと何年かして振り返ったときに「あぁ、2011年あたりから盛り下がってたんだねぇ」ということになったりするかもしれませんが、未来のことはわかりません。

とはいえ、楽しいゲーム体験はしっかりありました。再びそういう体験を実現したいと思ってますし、そのための努力や準備を惜しむつもりはまったくありません。準備に何日も(何週間も)かけて臨むような、濃密な対面でのプレイが年に何度かあり、その他にPBEMが常に動いている。2011年はそんな状態でしたが、これは今の僕にとって快適なウォーゲーム環境だと言えます。

入手したゲームなど

・Club千葉 #12
・CMJ97 Battle for Korsun
・CMJ101 第三の帝国
・No Retreat!
・戰棋5 台海危機1950
・Shiloh
・SLGamer 2 バルジ大決戦
・SLGamer 3 関ヶ原総進撃
・SLGamer 4 ロンメル・アット・エル・アラメイン
・Storm Over Arnhem
・ウォーゲームハンドブック2011 日露大戦

入手はしたもののゲームはプレイしていない、というものがほとんどです。日露大戦は自分から積極的に複数回の対戦を実現したものの、その他は、たまたま対戦相手さんに恵まれてBattle for Korsunをプレイ、ShilohとNo Retreat!はちょこっとだけソロプレイ、というだけでした。

Club千葉とSLGamerは「安価なウォーゲーム雑誌を応援したい!」という気持ちで入手しました。というと読むつもりがないみたいですが、そうではないです。ウォーゲームに関する読み物が500円くらいでもっともっとたくさん手に入る世の中になることを強く願っています。

「洋楽誌の中で最も安いという理由でロッキング・オンを買っていた」

。。。という話を聞いたことがあります。ウォーゲームに興味を持ち始めた人が何か読みたいと思うとか、ウォーゲームが好きで手ごろな雑誌を望むとか、僕以外にも「何千円もしないウォーゲーム雑誌があったらいいな」と思ってる人、それなりにいるんじゃないのかなぁ。
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by gameape | 2011-12-28 20:53 | Comments(0)
・None But Heroes (MMP)
・Dead of Winter (GMT)
・Birth of the Legend (ATO)
・ビルマ電撃戦 (CMJ)
・フライング・タイガース (CMJ)
・Combat Commander (GMT)
・モスクワ '41 (CMJ)
・Labyrinth (GMT)

以上が「今、僕が気になっているゲームたち」です。全部で8タイトル。

いずれもとりあえず購入してみるとか、とりあえずルールをダウンロードして目を通してみるとかすることが容易なものばかりです。でも、そこまでするほどの熱意はない、という程度の気になり加減だったりします。

「何となく気になるなぁ、でも行動に移すほどではないなぁ」というウダウダした状態ですが、それはそれでいいんじゃないかと思います。調子に乗って、それぞれのゲームに全然建設的ではないコメントを付けてみることにします。

None But Heroes(MMP):The Gamersのゲームは「それに手を付けてしまうとルールの明確化などで手一杯になってしまい、他のゲームのための気力や時間がなくなってしまう」ことが多く(個人の感想です)、それが心配で気になりつつも遠目に眺めている状態です。「日本で買うと高いからなぁ」という自分向けの言い訳があるのはとても助かります。

Dead of Winter(GMT):Dave Powellがデザインした、というところだけで気になっています。とはいえ、所有しているGBACW(GMTとSPI)がプレイされずに積まれている現状を鑑みるに「気になる」な現状を前進させようという気持ちには至らないのでありました。。。

Birth of a Legend(ATO):何となく手に入れそびれているだけなので、入手したりプレイしたりする可能性は一番高いです。今回のリストの中で「在庫僅少と言われたら即発注」と断言できるのはこのゲームだけかもしれません(断言しながらも本当に入手するかどうかはわからないといういい加減な人間です)。

ビルマ電撃戦とフライング・タイガース(CMJ):どちらも好意的なコメントをしばしば見聞きするゲームですし、対戦も比較的容易に実現するだろうしで、持っていてよいゲームだなと思います。とはいえ、割安で入手できる機会を伺っているうちに売り切れてしまう、という未来が見えないでもないです。なお、約1年前に「プレイしたいゲーム」としてこれらをあげていますが、まだプレイには至っておりません(プレイしよう、という努力もしていません)。

Combat Commander(GMT):「レジスタンス!」は発売前から気になっていたものの、「これだけでは遊べません」という注意書きを読んで気持ちがかなりしぼみました。お金を用立てることよりも収納スペースの捻出が大きな気持ちの負担になっております。

モスクワ '41(CMJ):ドイツ戦車軍団のシステムでもっと大きいマップのゲームがあればいいなと思っているくせに、実際にそういうゲームが出ても何もしないでいます。ゲームに限らず、そういうことってありますよね。。。

Labyrinth(GMT):ネット上で好意的な記述を見ることが多く、かねてより気になっていたこのゲームですが、先週末に映画「ブラック・サンデー」を観て以来、その存在感が僕の中でさらに大きくなってしまいました。

以上、ポジティブなんだかネガティブなんだかよくわからない話になってしまいました。「ウォーゲームはプレイしてこそ」というご意見はそれなりに理解できてるつもりですが、こうやって「気になるなー」と妄想するだけでも十分に面白いところがこのホビーの懐の深さというものです。
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by gameape | 2011-12-27 20:55 | Comments(3)

戦闘力比早見表

Stalingrad

既に何度か言ったり書いたりしていますが、Avalon Hillの「Stalingrad」は僕が初めて入手したウォーゲームであり、かつ初めてプレイしたウォーゲームです。このゲームを錦糸町の駅ビルで買ってもらったのが1980年9月で、同じ年の12月に「Panzerblitz」を手に入れるまで、このゲームを繰り返しソロプレイしていました(翌年2月に高校受験があったんですけどね。。。)。

DSCN3486

このゲームでは戦闘をいわゆる「戦闘比」を使って解決するのですが、戦闘結果表の下に戦闘比を計算するための表が付いています。レターサイズ(?)の8割くらいのスペースを使ったこの表には縦横にずらっと目盛りが書かれていて、縦の目盛りに攻撃力を、横の目盛りに防御力をそれぞれ当てはめると、たちどころに戦闘比を求められるようになっています。

Battle Odds Chart

高校受験を間近に控えた僕にとって、攻撃力を防御力で(またはその逆で)割る暗算はそれほど難しくなかっただろうと思います。にもかかわらず、僕はこの表をほぼ欠かさず利用していました。この表は攻撃力が最大60、防御力が最大40なのですが、ときたまそれより大きなスタックが出現して困ったことも覚えています。

しかし、2番目のゲームだった「Panzerblitz」(このゲームも戦闘比を使います)をプレイする際にこの表を使った記憶はありません。その頃にはこの表を使わなくても正確に戦闘比を暗算できるようになっていたからだろうと思っていました。

Stalingrad - Instruction Folder

しかし、最近になって「Stalingrad」のルール(正確には「Instruction Folder」なのかも。。。)に目をとおしたところ、戦闘比を計算する規則が書かれていないことに気づきました。「防御側が有利になるように端数を処理して戦闘結果表にある比率にする」というような記述はルールにも図表にもないのです。戦闘比は表で求める前提だったのかも、と思いなおしました。

Stalingrad - Combat Rules

実のところ、戦闘比を求める際の難しさは暗算にではなく、「防御側が有利になるように切り捨てたり切り上げたりする」という部分にあるのではないか、と今さら気づきました。Avalon Hillが初期のウォーゲームたちに「比を求めるための表」を付け、「端数処理の掟」を文章で説明しなかった理由はそこにあるのかも、と妄想してひとりでウンウンと頷いてしまいます。

とはいえ、最近のゲーム、というかAvalon Hillのごく初期のゲーム(「Blitzkrieg」より前の、でしょうか?)以外においてこの表を見ることはないように思います。「端数処理の掟」は実はそれほど難しくないと気づいたからなのか、電卓が普及したからなのか、その他の理由なのか、正確なところはわかりません。表を用意した人の心配は単に杞憂だったと言うことかもしれません。

でも、いまどきネット上にA4のPDFを1個置いておくことは簡単です。もしかしたら誰かの役に立ったりするのかもと思い、「戦闘力比早見表」を作ってみました。興味のある方はダウンロードして印刷するなり、タブレットやスマートフォンに入れるなり、再配布するなり、自由に使ってください。

戦闘力比早見表

戦闘力比早見表をダウンロードする(PDF 21.7KB)

電卓やコンピュータを使えばよい、という考え方ももっともだとは思うのですが、計算そのものではなく、端数をどう処理すべきかが分かりにくいことが問題であると考えるなら、計算機の使用は根本的な解決策にならないように思えます。

また、戦闘比を使わないゲームをプレイすれば、というご意見にはある程度賛成するものの、僕は「戦闘比」という考え方自体が結構好きであることと、戦闘比でなければ提示できない何かがあるという考え方ゆえ、全面的に同意することはできません。

「戦闘比が苦手」という理由だけで特定のシステムやゲームを敬遠してしまう人がいるならばちょっと残念であり、「戦闘力比早見表」が「戦闘比を計算するのが面倒くさい」と思っている人のお役に立てばとても嬉しく思います。その他、戦闘力比は暗算できるけれど、ちょっと自信が持てないときに活用したり、「83:17」のような暗算の面倒くさい(個人差があります)局面で利用するといったこともできると思います。
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by gameape | 2011-12-23 15:29 | 考えごと | Comments(1)